交通事故による高次脳機能障害の症状とは?
「先日、娘が交通事故にあった。交通事故にあってから、なんだか娘の様子がおかしい。穏やかな性格だったのに、些細な事で怒るようになってしまった。それに、同じことを何度も繰り返し聞いてくる。」
交通事故後、記憶力の低下や人格の変化を感じた場合、高次脳機能障害の可能性が高いといえます。
今回は、
- 高次脳機能障害とは
- 高次脳機能障害の症状
- 高次脳機能障害の治療方法
などについて詳しく解説していきます。
もくじ
高次脳機能障害とは
高次脳機能障害(こうじのうきのうしょうがい)とは、交通事故や脳卒中などで脳が損傷し、神経回路が傷ついた場合に起こる障害のことをいいます。
高次脳機能障害は、後遺障害として認定されることがあります。しかし、高次脳機能障害の症状は、骨折や切り傷などのように、目に見えるものではありません。また、MRIで検査を行っても、症状を確認することができない場合があります。
高次脳機能障害の詳しい症状については後述しますが、被害者自身に自覚症状はないというのが特徴です。交通事故にあう前に比べて、性格や行動に変化があらわれた場合は、高次脳機能障害の可能性があります。「怒りっぽくなった」「ボーっとしていることが増えた」「自分のしたことを忘れてしまう」などの症状は、一見「交通事故にあったことでストレスを感じているのでは?」と思われがちですが、高次脳機能障害が原因で引き起こっている場合もあります。
高次脳機能障害が起こる原因
高次脳機能障害が起こる原因として、代表的なものは2つ。
- 脳血管障害による脳の損傷(脳梗塞、くも膜下出血など)
- 外傷による脳の損傷
それぞれについて、詳しく説明していきます。
脳血管障害による脳の損傷(脳梗塞、くも膜下出血など)
脳梗塞とは、脳の血管がつまったことで栄養不足になり、脳組織が壊死または壊死に近い状態になることをいいます。くも膜下出血とは、くも膜(脳の表面をおおう膜のひとつ)の下が出血している状態です。
血液は、脳内に酸素を運ぶ役割をしています。脳梗塞やくも膜下出血などで血の流れが少しでも止まってしまうと、脳が栄養不足になり、酸素を失ってしまいます。酸素が失われたことによって、脳の細胞が死亡してしまい、高次脳機能障害が引き起こるといわれています。
外傷による脳の損傷
外部からの衝撃によって高次脳機能障害が引き起こる場合もあります。
交通事故や高い所からの転落、暴行されて頭に強い衝撃を受けるなど、外部からの衝撃は様々ありますが、交通事故による衝撃が最も多い原因といわれています。
交通事故で体に衝撃を受けると、むちうちや骨折、打撲など、様々な怪我を負う場合があります。よって、交通事故による高次脳機能障害は、他の怪我と組み合わさってあらわれることがあります。
高次脳機能障害の症状
高次機能障害の症状は、以下の通りです。
- 記憶障害
- 注意障害
- 社会的行動障害
- 遂行機能障害
- 失語症
- 失行症
- 病識欠如
- 失認症
それぞれどのような症状があらわれるのか、一つひとつ見ていきましょう。
記憶障害
記憶障害は大きく分けて、怪我を負った後に新しく学んだことや知ったことを、記憶できない状態である「前向性の健忘」と、怪我を負う前の記憶が喪失され、過去の記憶が思い出せない状態である「逆行性の健忘」の2つに分類することができます。
記憶障害の詳しい症状は、以下の通りです。
- 自分のいる場所が理解できない
- 新しい事を覚えられないため、何度も同じ質問を繰り返す
- 今日の日付がわからない
- 1日の予定を覚えることができない
- 物を置いた場所を忘れる
- 自分が何をしたかを忘れてしまう
- 作業中に話しかけられると、直前まで何をしていたか忘れてしまう
- 人の名前、物事の手順を覚えることができない など
注意障害
注意障害では、注意力や集中力の低下、行動に統一性がなくなるなどの症状があらわれます。
注意障害の詳しい症状は、以下の通りです。
- 気が散りやすい
- 1つのことに長時間集中することができない
- ぼんやりしていて、何かするたびにミスをする
- 一度に2つの物事を進めようとすると混乱する
- 言われたことに興味を示さない
- 周囲の状況を把握せずに行動しようとする など
社会的行動障害
社会的行動障害では、感情の抑制が効かなくなり、暴力的な行動を起こしたりします。逆に何に対しても関心が起きず、無感情になってしまう場合もあります。
社会的行動障害の詳しい症状は、以下の通りです。
- 自分の思い通りにならないと、すぐに怒る
- 自分中心に事が進まないと満足しない
- 場違いな行動や発言をする
- 他人につきまとい迷惑行為をする
- すぐに興奮し大声を出したり、暴力を振るう
- 身だしなみが不潔になり、だらしなくなる
- 無制限に食事をしたりお金を使う
- 態度や行動が子どもっぽくなる
- すぐ人に頼る
- じっとしていられない など
遂行機能障害
遂行機能障害では、書く、話す、聞くなど1つずつの動作は行えますが、組み合わさることで動作が困難になることが多くなります。また、周囲の変化に上手く対応することができなくなります。
遂行機能障害の詳しい症状は、以下の通りです。
- 自分で計画を立てても実行することができない
- 間違っても次に活かすことができない
- 効率よく仕事を進められない
- 決まった通りに仕事を仕上げられない
- 人から指示をもらわないと行動できない
- 約束の時間を守れない
- 行き当たりばったりで行動する
- 物事に対して優先順位をつけられない
失語症
失語症では、思い通りの言葉を発することができなくなってしまいます。
失語症の詳しい症状は、以下の通りです。
- 非常に簡単な計算も困難になる
- 日常会話で言葉がうまく出てこない
- 会話をスムーズに進めることができない
- 本や新聞を読むことができない
失行症
失行症では、体に障害があらわれなくとも、日常生活においての動作ができなくなってしまいます。
失行症の詳しい症状は、以下の通りです。
- 言われていることは理解できるが、うまく行動できない
- 日常的な動作がぎこちない、またはできない(文字を書く、歯を磨く、ボタンを止めるなど)
- 頭では理解しているが行動が伴わない(物を壊してしまう、使い方を間違えるなど)
病識欠如
「精神障害によって、体に何らかの変化が起きた」と自覚することを、障害認識といいます。また、障害認識が医学的に妥当であるかを客観的に評価したものを、病識といいます。
病識欠如とは、障害認識と病識が互いにそむき離れている状態です。分かりやすくいうと、「障害に対する自覚症状がない」ということです。
病識欠如の詳しい症状は、以下の通りです。
- 自分が障害を持っているという認識ができない
- 自分が持っている障害の存在を否定する
- 必要なリハビリや治療を拒否する
- 上手くいかないのを相手のせいにする
- 何も困っていることはないと言う
失認症
失認とは、視覚、聴覚、触覚などの感覚を通して、対象物を認知することができない障害のことです。
失認症の詳しい症状は、以下の通りです。
- 物の形や色がわからない
- 人の顔を判別することができない
- 何を触っているのかが分からない など
高次脳機能障害と認知症の違い
高次脳機能障害と認知症には、どちらも「脳に損傷を負った状態」という共通点があります。しかし、症状の経過においては大きな違いがあります。
認知症は、一度でもなってしまうと回復が難しくなってしまいます。
高次脳機能障害は、症状が悪化することはなく、リハビリを続けることで症状が緩和していく可能性があります。
高次脳機能障害の検査方法
高次脳機能障害の症状は、外見にあらわれるものではありません。内面的な症状がほとんどなため、検査を受けても「異常なし」と判断されてしまう場合があります。また、高次脳機能障害には自覚症状がありません。そのため、医師に対して症状を上手く伝えることができず、後遺障害の認定がされにくくなってしまうこともあります。
高次脳機能障害の診断を受けるには、CTスキャンや脳血流検査などを行っている、大学病院や総合病院を受診するとよいでしょう。規模の大きい医療機関であれば、検査施設も充実しています。
脳の画像診断を行ったことが証拠となり、後遺障害の認定が受けやすくなる場合もあります。
神経心理学的検査を受ける場合もある
高次脳機能障害の検査は、基本的に脳の画像検査を行います。画像検査では不十分な場合は、認知機能の働きを調べる神経心理学的検査を行うこともあります。
神経心理学的検査の内容は、以下の通りです。
- MMSE
- FAB
- TMT
- SPTA
- 三宅式記銘力検査(みやけしききめいりょくけんさ)
- SLTA
記憶障害・注意障害・遂行障害を総合的に検査できます。
前頭葉機能の働きを検査できます。
バラバラの文字を結ぶことで注意障害の有無を判断できます。
道具を用いて標準高次動作性検査を行い、失行症の判断をします。
片方と対になる言葉をチェックし、記憶障害を検査します。
読む、聞く、話す、書くの動作を行い、言語機能を調べる検査です。
高次脳機能障害の症状チェックリスト
前述したように、高次脳機能障害には自覚症状がありません。そのため、家族や身近にいる人が気づき、治療のサポートをしてあげる必要があります。
交通事故後、以下のような症状が目立つ場合は、高次脳機能障害の可能性があるといえます。
- こちらの話すことが理解できなくなった
- 親しい相手の名前を忘れたり、忘れ物が増えるようになった
- 情緒不安定になり、すぐに泣いたり怒ったりするようになった
- 暴力的になった
- 気が散りやすくなった
- 気分が落ち込むことが増えた
- 行き当たりばったりの行動が増えた
- 色々なことに対して無関心になった
- 状況を理解し、その場に見合った判断をすることができなくなった
- 歯磨きやボタンを止める、文字を書くなどの日常的な動作ができなくなった
- 同じ言葉を繰り返し言うようになった
高次脳機能障害の治療方法
高次脳機能障害によって失われた機能が回復することはないに等しいといえます。しかし、適切なリハビリを行うことによって、症状を緩和させることは可能です。
ここでは、高次脳機能障害のうち、記憶障害に効果的なリハビリの方法をご紹介します。
記憶障害のリハビリ方法
記憶障害のリハビリ方法は、4つ。
- ①反復訓練
- ②内的記憶戦略法
- ③環境調査
- ④外部代償法
記憶能力を取り戻す方法。何かを記憶する課題を繰り返し行い、だんだんと課題を繰り返す間隔を空けていきます。間違えた場合は間隔を短くし、また徐々に間隔を空けていきます。
被害者に残っている能力に応じて、記憶能力を訓練するリハビリ方法。視覚能力に障害がない場合は、視覚から受けたイメージで記憶を補助します。
日常生活の支障を減らすリハビリ方法。予定のチェックリストを作成したり、約束の時間になったらアラームを鳴らすなどして、記憶する負担を減らしてあげます。
環境調査と同じく、日常生活の支障を減らすリハビリ方法。メモ帳や携帯など、記憶の代わりになる道具を使用する方法。
高次脳機能障害は後遺障害として認められにくい
高次脳機能障害が後遺障害として認められると、後遺障害等級に応じて後遺障害慰謝料の支払いを受けることができます。後遺障害等級が認められるには、MRIでの「画像診断」が重要視されます。しかし、高次脳機能障害が軽症の場合、画像診断では判断することができない場合もあります。そのため、後遺障害等級が非該当になってしまうことが多くあります。
高次脳機能障害の後遺障害等級が認定されやすくなる方法
自賠責保険基準では、後遺障害診断書や画像診断での「書面審査」によって、後遺障害等級の認定を決定しています。前述したように、高次脳機能障害が軽症であると、MRIに症状が写らない場合があるため、後遺障害等級が認定されないことが多々あります。
しかし、労災保険の基準を使って後遺障害等級認定を行うことによって、後遺障害等級が認められやすくなることがあります。なぜなら、労災保険による後遺障害等級の認定基準は、自賠責保険による認定基準よりも具体的であるからです。
労災保険による後遺障害等級の認定基準とは?
労災保険では、医師と面談を行い、高次脳機能障害の後遺障害等級認定を行っています。
労災保険で、高次脳機能障害が後遺障害として認定されるための基準は、4つ。
- 意思疎通能力
- 問題解決能力
- 作業に関する持続力
- 社会行動能力
それぞれの基準について、詳しく見ていきましょう。
意思疎通能力
意思疎通能力では、他人とのコミュニケーションが成り立っているかを判断します。主に記憶力や言語力、認知力などの検査やテストを行います。
問題解決能力
課題を正確に理解し、指定された手順で作業を行い、解決・処理できるかを判断します。主に理解力や判断力、集中力の検査を行います。
作業に関する持続力
就労時間の中で、作業に集中し投げ出すことなく対処できるかどうかを判断します。あえて疲労を感じる検査を行い、意欲や気分が低下した際の持続力も含めて判断されます。主に精神面の意欲や気分、集中力の持続力や持久力について検査を行います。
社会行動能力
社会的な生活を送ることが可能かどうかを判断します。他人との協調性を保てるか、感情を抑制することができるかなどの社会的行動についての検査を行います。
後遺障害等級認定の申請方法
後遺障害等級認定の申請方法は、2つ。
- 加害者請求
- 被害者請求
それぞれの方法を、詳しく見ていきましょう。
加害者請求
加害者請求とは、後遺障害等級認定の申請手続きを、すべて加害者側の保険会社へ任せる方法です。
被害者が、加害者側の保険会社に対して後遺障害診断書を提出すると、後の手続きは加害者側の保険会社が行ってくれます。
被害者は、手続きの手間を省くことができますが、どのような手続きが行われているのかを知ることはできません。
後遺障害慰謝料の支払いを行うのは、あくまでも加害者側の保険会社です。そのため、被害者にとって有利な結果になるように手続きを進めてくれるとは限らないのです。
被害者請求
被害者請求とは、被害者が直接、加害者側の保険会社に対して、後遺障害等級認定の申請手続きを行う方法です。
被害者は、後遺障害等級認定の申請に必要な書類をすべて集め、加害者側の保険会社へ送ります。加害者請求と比べて、手間や時間がかかることが多いでしょう。しかし、被害者自身がすべての手続きを行うため、一つひとつ納得しながら進めていくことができます。また、自身にとって有利な結果になるように、必要書類の他に付け足すこともできます。
交通事故による高次脳機能障害についてまとめ
交通事故によって脳が損傷すると、高次脳機能障害になってしまう場合があります。一度脳が損傷してしまうと、完全に機能を回復させることは不可能といえます。しかし、適切なリハビリを受けることによって症状を緩和させることは可能です。高次脳機能障害は、自覚症状があらわれないという特徴があります。そのため、周りの人が異変に気付き、しっかりとサポートしてあげることが大切です。